生活保護制度における原子力発電所事故損害賠償金の収入認定について適正な取扱いを求める会長声明
1. 東京電力福島第一原子力発電所・第二原子力発電所事故(以下,「原発事故」という。)に関し,平成23年12月6日,原子力損害賠償紛争審査会は,福島県内の23市町村の住民につき,高校3年生(18歳)以下の子どもと妊婦は1人当たり40万円,それ以外の住民は8万円の損害賠償の対象とする内容の「東京電力株式会社福島第一,第二原子力発電所事故による原子力損害の範囲の判定等に関する中間指針追補(自主的避難等に係る損害について)」(以下,「指針追補」という。)をまとめた。東京電力株式会社(以下,「東電」という。)は,指針追補に沿って,本年3月以降,該当区域内の住民に対し,請求書等の発送を行っている。
これを受けて,県内の一部自治体では,生活保護受給者に対し,賠償金が入金された際には,受給者に自立更生計画の策定・提出を求め,そのうち実施機関が自立更生に必要と認めた費用を除く額を収入として認定する旨を通知している。その中には,一定額以上の費用については,全て領収書や見積りの提出を求めるものも見られる。
2. 東日本大震災を受けて厚生労働省社会・援護局保護課長が発出した「東日本大震災による被災者の生活保護の取扱いについて(その3)」(平成23年5月2日付社援保発0502第2号)は,義援金等(東日本大震災に係る義援金,災害弔慰金,補償金,見舞金等)について自立更生計画を策定する際には,「被災者の被災状況や意向を十分に配慮し,一律・機械的な取扱いとならないよう留意する」ことを示しているところである。また,福島県は,同年6月20日付で,県内の保健福祉事務所長宛に通知「東日本大震災による被災者の生活保護の取扱いについて(通知)」を発出し,第一次義援金について「自立更生計画に充てられる費用として,包括的に自立更生計画書に計上すること。この場合,使途について確認する必要はないこと」とした。これらの通知の趣旨は,原発事故による損害賠償金についてもあてはまるものであると言える。
3. 今回,指針追補により賠償の対象とされた地域については,低線量被ばくによる健康被害への懸念などから,地域住民は,たとえばエアコンや洗濯乾燥機の設置といった容易に把握しうる出費のほかにも,内部被ばくを避けるために割高な食品や飲料水を求める,マスクなどの消耗品を購入する,休日に子どもを屋外で遊ばせるために遠隔地へ外出するなど,有形無形のさまざまな出費や負担を強いられ続けている。その事情は,生活保護受給世帯であっても異なるところはない。このような状況において,生活基盤を整備し,より安全な生活を送るための費用を,什器備品代などの費目にしたがって個別具体的に列挙し,領収書などを添付して自立更生計画を提出させることはおよそ現実的ではない。
また,原発からの放射性物質の漏出が未だ続いており,生活圏の除染も進んでいない現状に鑑みれば,放射線被ばくに対する不安が今後も相当期間継続することが予想されるところ,現時点で,賠償金の用途を個別具体的に限定させることは,将来においてもっとも有効な生活基盤の整備に活用することを妨げかねないものであり,かえって,生活保護受給世帯の自立更生を害するおそれすら存在する。
4. 当会は,生活保護制度における義援金や東電仮払補償金の収入認定について,昨年6月6日付で「生活保護制度における義援金等の収入認定について適正な取扱いを求める会長声明」を発出し,義援金のうち,少なくとも第一次配分にかかる金額については収入認定しないこと,避難者が元の居住地に帰還できる見通しがつくまでの間,自立更生計画の提出を強制するような取扱いを行わないこと,自立更生計画の策定や収入認定にあたっては,各受給世帯の生活実態や要望を十分に把握することなど,適正な取扱いがなされることを求めてきたところである。これらの趣旨は,義援金や東電仮払補償金などにとどまらず,原発事故による損害賠償金にもあてはまるものであることは,上記のような事情からも明らかである。とりわけ,指針追補に示された自主的避難等に係る賠償金については,その金額水準からも,また,安心して日常生活を送るための種々雑多な出費・負担を,その都度自立更生計画に反映させることは事実上困難であることからも,全額を自立更生計画に包括一律的に計上させるなどして,収入認定の対象から除外する取扱いをすべきである。過去にも,ハンセン病療養所入所者に対する補償金や,地下鉄サリン事件被害者に対する賠償金等について,一定額が包括的に収入認定の対象から除外された等の実例があることからしても,今回の原発事故において同様の取扱いを行うことは,生活保護実施要領等に何ら反するものではない。
5. よって,当会は,生活保護制度における原発事故による損害賠償金の収入認定に関して,福島県及び県内生活保護実施機関に対し,下記の取扱いをすることを求める。
(1)原発事故による損害賠償金のうち,一定額(少なくとも,例えば,当該世帯が中間指針追補にいう自主的避難等対象地域に居住していたと仮定した場合に,当該世帯に支払われるべき賠償金に相当する額など)については包括的に収入認定しないこととし,その旨を各生活保護受給世帯に通知すること。とりわけ,指針追補に示された自主的避難等に係る損害賠償金については,全額を包括的に収入認定の対象から除外すること。
(2)原発からの放射性物質の漏出が未だ続いており,また,生活圏の除染が進まず,未だに地域住民が放射線被ばくを余儀なくされている現状に鑑み,各生活保護受給世帯に対し,自立更生計画の提出を事実上強制するような取扱いを行わないこと。
(3)自立更生計画の策定や収入認定にあたり,個別の事情聴取により,各生活保護受給世帯の生活実態や要望を十分に把握し,これらが最大限に自立更生計画や収入認定に反映されるよう配慮するとともに,原発事故による損害賠償金のうち,一定額を使途を定めず包括的に自立更生計画に計上して差し支えないことについて,各生活保護受給世帯に十分に説明し,配布する自立更生計画の書式にもその旨を明記すること。
以上
2012年(平成24年)06月11日
福島県弁護士会
会長 本田 哲夫