放射線リスクコミュニケーションの実施にあたり、福島第一原子力発電所事故被害者の自己決定権の尊重を求める会長声明
放射線リスクコミュニケーションの実施にあたり,福島第一原子力発電所事故被害者の自己決定権の尊重を求める会長声明
復興庁など関係11省庁は,2014年(平成26年)2月18日,「帰還に向けた放射線リスクコミュニケーションに関する施策パッケージ」を発表した。この施策パッケージは,住民の帰還に向けた取組として,個々人の健康影響等に関する不安に対応したきめ細やかなリスクコミュニケーション(以下,「リスコミ」という)の強化を図るため,避難指示区域内の市町村を対象に,①正確で分かりやすい情報の発信,②少人数(1対1・車座)によるリスコミの強化,③地元に密着した専門人材の育成強化,④住民を身近で支える相談員によるリスコミの充実を謳うとともに,福島県内のその他の地域や全国の不安を抱えている国民へのリスコミを継続的に展開するとしている。
確かに,今後進められる避難等指示解除に向け,地域への帰還を目指す住民,帰還した住民に十分な情報提供がなされることは重要であり,当会としてもその意義自体を否定するものではない。
しかし,その目的につき,帰還に向けた不安解消を最優先の目標とすることには疑問がある。現在,避難等指示区域の内外を問わず,福島第一原子力発電所事故(以下,「本件事故」という)により,望まずして他地域への避難を余儀なくされている被害者は,いまだ,把握されているだけで県内8万7088人,県外4万7995人に及ぶ(福島県災害対策本部 被害状況即報(第1144報)2014年3月10日更新)。放射性物質の健康影響に対する不安感にも個人差がある上に,事故後3年間という時間の経過により,従来の居住地域を取り巻く状況や被害者の生活環境が大きく変化したことからすれば,帰還あるいは他地域への移住については,およそ画一的,性急な判断ができるものではなく,被害者各個人が十分な情報と支援のもとで自己決定をした選択が最大限尊重されるべきである。
「東京電力原子力事故により被災した子どもをはじめとする住民等の生活を守り支えるための被災者の生活支援等に関する施策の推進に関する法律(以下,「支援法」という)」は上記の理念を掲げ,政府も,「原子力災害からの福島復興の加速に向けて(2013年(平成25年)12月20日閣議決定)」において,これまでの帰還を原則とする方針から,限定的ではあるが,新たな生活拠点を定める被害者への支援を視野に入れた復興施策を検討している。
それらの趣旨を踏まえれば,第一に,リスコミの目的は,帰還を選択した被害者にたいする不安解消のためではなく,被害者自身の自己決定に基づく生活再建のための施策の一環として,被害者が帰還をするか,他の地域への移住をするかを熟慮する判断材料を提供するためのものでなければならない。
第二に,判断材料の提供というリスコミのあるべき目的からすれば,国が情報を発信する場合には、その情報の内容につき、放射線の健康影響等について科学的に十分に解明されておらず,専門家の見解もいまだ一致をみない現状に鑑み,さまざまな科学的知見を,偏りなく伝えることが求められるのであって,不安解消に結びつく見解だけが選択的に提供されるようなことがあってはならない。
第三に,施策パッケージでは,リスコミの対象地域を避難指示区域内の市町村としているが,より広範囲に十分な情報提供がなされるべきである。前述のとおり,福島県外の全国各地に避難した被害者は,避難指示区域の内外を問わず,約4万8000人に及び,避難前の自治体による避難状況把握や避難者への情報提供には限界がある。また,既に,福島県内と福島県外を比較した場合,本件事故に関する意識や情報量の格差が生じていることは否定できず,そのことが,被害者の家族間においても意思疎通の齟齬を来す原因となり,いわゆる風評被害にもつながっている面が見受けられる。こうした現状に鑑みれば,避難指示等解除後の区域内や,福島県内における大規模避難先のみならず,全国いずれの地域においても,均質な情報発信が十分なされなければ,真の被害者救済には結びつかない。
なお,前述のとおり,被害者にとって,帰還または移住の自己決定をするための判断要素は,放射性物質による健康影響のみならず,医療,教育,物流といった社会的インフラの復旧や就労の可能性等,多岐にわたる。放射線リスコミの機会には,これら幅広い関心事についても併せて情報提供がなされるとともに,被害者自身の関心事や懸念事項を聞き取るなどして,被害者自身の自己決定に基づく生活再建のための施策全体の構築にフィードバックがなされることが望ましい。
よって,当会は,国に対し,放射線リスクコミュニケーションの実施にあたり,単に帰還する被害者の不安解消に留まらず,被害者各個人の意思による帰還あるいは移住の選択を尊重する支援法の趣旨を具体化する施策の一環として,被害者の自己決定に資するような情報の提供がなされることを求める。
2014年(平成26年)3月24日
福島県弁護士会会長 小池 達哉
【執行先】
復興庁,環境省,内閣府,食品安全委員会. 消費者庁,外務省,文部科学省,厚生 労働省. 農林水産省,経済産業省,原子力規制庁,県内選出国会議員