犯罪被害者の刑事手続参加制度に反対する会長声明
1. 本年3月13日、被害者参加制度の新設を含む「犯罪被害者等の権利利益の保護を図るための刑事訴訟法等の一部を改正する法律案」が閣議決定されて国会に上程された。この被害者参加の制度は、裁判員裁判の対象事件や業務上過失致死傷等の事件につき被害者の公判への出席や証人尋問、被告人質問、求刑を含む意見陳述等を認めるものである。しかし、以下に述べるとおり、この制度は刑事訴訟の構造を根底から変容させ、被告人の防御権を危うくし、今後実施される裁判員裁判に悪影響を与えるものである。
2. まずわが国では、検察官が訴訟追行を独占する構造をとっている。これに対して上記の制度では、犯罪被害者等に「被害者参加人」という法的地位を与えた上で検察官の活動から独立した訴訟活動を認める。これは、現行の刑事訴訟における当事者主義構造を変容させ、刑事法廷を私的な復讐の場とし、近代刑事司法が断ち切ろうとした報復の連鎖を復活させるおそれが高い。
3. また、近代刑事司法においては無罪推定原則により、予断と偏見を可能な限り排除し、被告人に十分な防御の機会を保障することによって正当な事実認定と量刑がなされることが予定されている。ところが、上記のような制度のもとでは、被告人は被害者等と常時法廷で対峙し、被害者等から直接感情的な質問を受ける立場に置かれることになり、多大な心理的圧迫を受けて萎縮させられる。その結果、被害者側からの怒りや感情的な反応を恐れるあまり自由に弁解や反論をすることができなくなり、防御活動が著しく困難になって、正当な事実認定と量刑の実現が阻害されるおそれがある。
4. さらに、今後実施される裁判員裁判に悪影響を与えることも心配される。もともと被害者等を被告人と対峙する訴訟の当事者として参加させることには、上述したように法廷を被害者等による復讐の場所と化すおそれがある。そのため、裁判員裁判では、被害者等の感情的な訴訟活動を目の当たりにした裁判員がそこから過度に影響を受け、冷静かつ理性的な事実認定が困難になって過度に重罰化に傾くことは容易に予想される。
5. 従前、犯罪被害者等の救済は不十分であった。当会も、犯罪被害者等が抱える刑事裁判に対する不満を解消する方策の必要性を否定しない。しかし、以上のような理由から上記制度の導入はやはり相当でない。
日本弁護士連合会が3月9日に開催したシンポジウムにおいて、交通事故で子どもを亡くされた遺族が訴えたように、この制度には司法の場で被害者が被告から攻撃されて二次被害を受ける可能性があるという危惧もある。したがって、上記のような制度導入よりも、むしろ、犯罪被害者給付金支給法の給付金額引上げや対象の拡大といった経済的支援、警察・検察による二次被害の防止や精神的ケアを受けられる制度などの精神的支援、犯罪被害者等に公費で弁護士をつけることにより被害者の権利を確立する制度等を設けることこそが有用である。ところが、今回の立法の動きは,十分な支援制度を構築することなく,犯罪被害者等の刑事裁判参加という新制度のみで対応しようとするものであって、適当でない。
6. よって、上記答申が求めるような制度の創設には強く反対する。
2007年(平成19年)3月13日
福島県弁護士会
会長 岩渕 敬