日本国憲法公布70周年にあたり、あらためて立憲主義の堅持等を求める会長声明
1 本日、1946年(昭和21年)11月3日に日本国憲法が公布されてから70周年を迎えた。しかし、近年、憲法をとりまく状況は極めて深刻であり、憲法により国家の権力を制限し、もって国民の人権を保障するという立憲主義の理念が危機に陥っている。
2 第1に、憲法によって許される範囲を逸脱した、違憲立法が行われたことは記憶に新しい。2015年(平成27年)9月19日、「我が国及び国際社会の平和及び安全の確保に資するための自衛隊法等の一部を改正する法律」(平和安全法制整備法)及び「国際平和共同対処事態に際して我が国が実施する諸外国の軍隊等に対する協力支援活動等に関する法律」(国際平和支援法)(以下併せて「安保法制」という。)が成立し、本年3月29日に施行された。安保法制は、歴代内閣がこれまで一貫して憲法第9条に反し許されないとしてきた集団的自衛権の行使を可能とするものであるが、この点について、内閣及び国会は、歴代内閣が踏襲してきた、憲法第9条の下において許容される自衛権の行使は、我が国の防衛のための必要最小限度の範囲にとどまり、集団的自衛権は行使できない、との憲法解釈を変更し、安保法制は憲法に反しないとして、安保法制を可決成立させた。
しかし、憲法をどのように解釈しようとも、安保法制の認める集団的自衛権の行使が、憲法第9条で禁止されることは明らかである。安保法制は、大多数の憲法学者、元内閣法制局長官、最高裁判所元判事および同元長官までもが、違憲であることを繰り返し指摘し、多くの市民が国会前で抗議活動する中で採決が強行された。これは、憲法の恒久平和主義を有名無実化するものであり、立憲主義を踏みにじるものである。
3 第2に、憲法改正論議においても、立憲主義を踏みにじるような議論が進みつつある。
⑴ 政府及び与党である自由民主党の幹部は、開催中の第192回臨時国会以降に憲法改正論議を本格化させ、その際には、同党が2012年(平成24年)に公表した「日本国憲法改正草案」(以下「草案」という。)を議論のベースとするとの意向を示している。しかし、草案の人権規定は、国民に多くの義務を課すとともに、人権相互の衝突調整の原理であると考えられている「公共の福祉」に代えて、「公益」及び「公の秩序」に反しない限り行使しうることとするなど個々の人権に還元されない利益を理由として人権を制限する可能性を孕んでいるなど、基本的人権の保障が大きく後退するものと言わざるを得ない。
⑵ また、国家緊急権(緊急事態条項)の創設も憲法改正の俎上にのぼっているが、これについても極めて大きな問題がある。国家緊急権(緊急事態条項)とは、国家の緊急事態が発生し平常の統治秩序では対応できない場合に発動される、憲法秩序を一時停止する非常の権限であるが、非常事態における例外的措置とはいえ、国家秩序維持のために立憲主義を一時後退ないし破壊するということであるから、その導入には極めて慎重であるべきである。現に、憲法の制定に際しては、これを濫用した国家権力の暴走を懸念した結果、基本的人権の尊重と恒久平和主義のための立憲主義を貫くため、これに相当する条項を設けないこととした。ところが、草案における国家緊急権の具体的な内容は、内閣に法律と同等の効力を持つ政令の制定権を与え、何人に対しても公的機関の指示に従うべき義務を課している。その中で、基本的人権は、憲法及び立憲主義の究極の目的である「保障」の対象から、国家緊急権の行使に反しない限りにおいて「尊重」されるものにすぎなくなるなど、明らかにその価値を後退させている。さらに、その権限の行使に対する歯止めも、国会の関与しか用意されておらず全く不十分である。これらのことから、国家緊急権には、まさに、憲法制定時に懸念されたような濫用の危険性が懸念される。なお、災害対応を理由に国家緊急権を創設すべきとの主張がなされることがあるが、災害対応では、発災前において災害救助法等の現行法を活用した対応体制を整備し、あるいはこれらを点検しその不備を補うこと、すなわち平時における備えこそが重要なのである。現に、東日本大震災の被災自治体に対する日本弁護士連合会アンケート(2015年9月実施・24市町村回答)でも、災害対策の第一義的な権限は市町村主導とすべきであること、国家緊急権のない憲法が災害対策に障害となったことはないとの結果が示されている。草案における内閣に対する権限の付与は、災害が起きてからの場当たり的な対応を想定するものであって、災害対応に資するものではない。被災県に立地する弁護士会として、このような、「災害対応」の美名のもと、実際はこれに何ら資することなく、他方、内閣の権限を強大化し、内閣に対する国会及び裁判所によるコントロールを不十分にして、基本的人権の保障を脅かす危険性のある国家緊急権の創設は到底容認できない。
⑶ さらに、憲法第96条における憲法改正手続について、草案では、国会の発議要件を、各議院の総議員の3分の2以上から、過半数に緩和するものとしている。しかしこれは、時の議会の多数派のみの意思による憲法改正発議に道を開くものであって、少数派の権利を脅かす憲法改正すら可能にする危険を孕んでいる。その上、実質的規定の改正論議を脇に置いたまま改正手続の要件を緩和することは、その後、問題のある実質的規定の改正案が提出された場合に、それが発議されることに十分な歯止めが効かなくなることを意味し、国の基本的な在り方を不安定にし、憲法がよって立つ立憲主義と基本的人権尊重の立場に反するものとして極めて問題であって、到底許されない。
⑷ 近年の憲法改正論議においては、単に制定から年月が経過したことや、制定過程に問題があったことを指摘し、改正ありきで進もうとしているきらいがある。しかし、これらの指摘は、戦後70年にわたって、憲法、とりわけその基本理念である国民主権・基本的人権の尊重及び恒久平和主義が、多くの日本国民に支持されてきたとの事実を看過するものであり、またこのような改正ありきの態度では、立憲主義を踏みにじるものとなる。憲法改正の議論においては、人権保障及び権力分立等、立憲的意味の憲法の基本理念や憲法の三大基本原理である国民主権・基本的人権の尊重・恒久平和主義を出発点として、憲法に改正を加えることが必要か否かを検討した上で、真に改正が必要であるとすればどのような変更をするかという議論を行うべきである。
4 よって、当会は、日本国憲法公布70年にあたり、日本国憲法の基本理念を堅持するため、内閣及び国会に対し、日本国憲法を遵守した立法・行政活動を行うことをそれぞれ求める。
とりわけ、国会に対しては、違憲立法である「平和安全法制整備法」及び「国際平和支援法」をすみやかに廃止することを求める。
また、当会は、既に2007年(平成19年)に「立憲主義と日本国憲法の基本原理の堅持を求める宣言」を採択しているところ、あらためて、憲法改正をめぐる論議において、立憲主義の諸理念が堅持され、かつ、日本国憲法の基本原理が尊重されることを求める。
同時に、当会は引き続き、立憲主義の究極の目的である基本的人権の保障のための諸活動に取り組む決意であることを表明する。
2016年(平成28年)11月3日
福島県弁護士会
会 長 新 開 文 雄