憲法改正に関する十分な議論,並びに現行憲法の基本原理及び立憲主義の堅持を求める決議
本年5月3日,日本国憲法が施行されてから72年が経過した。
この間,私たちは,国民主権・基本的人権の尊重・恒久平和主義を基本原理とする日本国憲法の下で,自由で民主的な社会を追求し,また,世界から平和国家としての信頼を得てきた。日本国憲法は現実政治との緊張関係を強いられながらも,政府の活動等を制約し,あるいは活動の指針となって,有効に機能してきた。このような日本国憲法の基本原理,及びこれを支える,国家権力を憲法のもとに置き,これに従った権力行使を行わせるという立憲主義の理念は,大多数の国民が支持している。
近年,このような日本国憲法について,改正の議論がなされているが,拙速な憲法改正は,誰もが予想しない形での,日本国憲法の基本原理及び立憲主義の後退をもたらしかねず,誰も望まない結果をもたらす危険がある。
例えば,2018年(平成30年)3月25日の自民党大会で報告された条文素案のうち,「(憲法第9条の規定は)我が国の平和と独立を守り,国及び国民の安全を保つために必要な自衛の措置をとることを妨げず」とする憲法第9条の2については,「必要な自衛の措置」の内容が限定されておらず,政府がこれまで維持するものとしてきた専守防衛政策に根本的な変化をもたらす可能性があるが,このような政策の根本的な変化の是非について,国民の間で十分な議論がなされているとは到底言い難い。
また,政府与党の中には,戦争・内乱・恐慌・大規模自然災害等の非常事態において行政権に権力を集中させる国家緊急権(緊急事態条項)を創設する議論もあるが,東日本大震災や東京電力福島第一原子力発電所事故においてさえ国家緊急権の必要性が確認されたことはない。無論,東京電力福島第一原子力発電所事故に対する国等の対応には,少なからず問題があったが,それは政府に権限がない点ではなく,既に法令で付与された権限が十分に生かされなかった点である。他方で,国家緊急権の導入は,重大な人権侵害を防ぐ実効性ある仕組みを構築しなければ,基本的人権の保障が蔑ろになりかねない危険があるが,このような緊急事態条項創設の必要性の有無及び重大な人権侵害の危険という問題点が,国民に十分理解され,この点について議論がなされているとは思われない。
このように,昨今の憲法改正議論では,改正の必要性の有無,及び改正が及ぼす具体的な影響について,十分かつ冷静な議論がなされているとは言い難い。さらに,国民投票法の種々の問題点は,ほとんどすべて放置されたまま現在に至っている状況である。
このような状況下で拙速に憲法改正をすれば,国民が予想しないような形で基本的人権に対する重大な侵害が生ずる恐れがあり,将来の国民に対し,重大な禍根を残しかねない。
よって,当会は,国に対し,現行憲法を支える国民主権・基本的人権の尊重・恒久平和主義の基本原理及びこれらの基本原理を支える立憲主義の理念を堅持するとともに,拙速な憲法改正がなされることのないよう,国民に十分な情報を提供し,十分な議論の機会を提供するよう,強く求める。
以上のとおり決議する。
2019年(令和元年)5月17日
福島県弁護士会