緊急事態時に国会議員の任期延長を認める憲法改正に反対する会長声明
緊急事態時に国会議員の任期延長を認める憲法改正に反対する会長声明
現在、衆議院憲法審査会において、大規模災害や戦争等の緊急事態時に国会の権能を維持するためとして、衆議院議員の任期延長を可能とする憲法改正を求める意見が与党及び一部の野党から提出されている。
このような意見は、緊急事態により総選挙が実施されず国会議員が不在という事態によって立法機能不全にならないように、任期延長によって立法機能を維持し緊急事態への対応を可能としたいとする考えに基づいているようである。
しかし、憲法上参議院議員の任期は6年で、3年ごとに議員の半数が改選されることとされているため(憲法第46条)、総選挙が実施されなくても「国会議員」が不在という事態は生じない。そして、衆議院が解散された場合には、内閣は参議院の緊急集会を開催することが可能であり、緊急集会の議決に基づきとられた措置については衆議院による事後的な関与の機会も保障されている(憲法第54条2項、3項)。衆議院議員の任期満了後総選挙までに緊急事態が発生した場合であっても、被災地など選挙の実施が困難である選挙区においては繰延投票(公職選挙法第57条)を活用し、それ以外の選挙区においては予定どおり選挙を実施することで、衆議院議員が不在という事態も回避できる。以上の点から、緊急事態による立法機能不全の危険性があるという意見自体、説得力に乏しい。
そもそも憲法は公務員の選定罷免権を国民固有の権利とし(憲法第15条1項)、成年者による普通選挙を保障し(同条3項)、さらに、国会について「全国民を代表する選挙された議員でこれを組織する」と定めて(憲法第43条1項)、国民主権(憲法前文、第1条)を実質的に保障しようとしている。そして、国会議員の任期を憲法で具体的に定めているのは、定期的に選挙を実施し国民の信を問うことによって、国民主権を保障しようとすることにある。このように、国民の選挙権は、憲法の基本原理である国民主権と不可分のものである以上、国会議員の任期を延長することによって国民の選挙権の行使を遅らせ、制限することは許されない。そして、大規模災害や戦争等の緊急事態において、事前に想定されなかった施策等を実施する必要があるとすれば、直近の民意を確認するため、国会議員の任期を延長するのではなく、緊急事態の下でも、できる限り円滑に選挙を実施することが肝要であり、そのために、例えば郵便投票制度(公職選挙法第49条2項)の拡充等の方策を研究し法制化することこそが重要である。
また、衆議院憲法審査会における議論では、国会議員の任期延長は、内閣が国会の事前承認の下に行うとしているが、任期延長の判断の前提となる「緊急事態」が現に存在するかの判断を内閣及び国会の多数派に委ねることは、濫用の危険が極めて大きく、国民が国家権力を監視し、国家権力を分立させ相互にその暴走を抑止し、国民の主権の下で権力が行使されるという日本国憲法の立憲主義を著しく後退させるものである。
当会は、2015(平成27)年4月20日付「国家緊急権を設ける日本国憲法の改正に反対する会長声明」や2022(令和4)年12月13日付「『緊急事態に関する国会審議を求める意見書(案)』を不採択とすることを求める会長声明」などを発出し、「緊急事態」を口実とする憲法改正に強く反対してきた。これは、当会が東日本大震災及び原発事故の被災地に所在し、被災者支援に取り組んできた経験から、災害対策は、事前の備えを十分に行うとともに、既存の制度を十二分に活用することこそが重要であることを痛感してきたからである。これまでの災害等の教訓は、「事前に十分に想定し準備していないことを、緊急時に検討し実行することなどできない」ということであって、緊急事態下での新規立法を国民の信を問わずに行うことは、国民主権の根幹を揺るがすおそれがあり許されない。緊急事態に備えるための議論自体は否定しないが、これらは、立憲主義を適切に踏まえて行われるべきものである。緊急事態に備えて議論すべきは、大規模な自然災害や感染症のまん延等を想定し、国民の生命と安全を守るためにどのような法制度や備えが必要かということが先であって、国会議員の任期延長ではない。
以上のとおり、国会議員の任期延長を認める憲法改正は、そもそもその必要性が乏しいばかりか重大な弊害が存在する。何よりも、緊急事態を口実に、国民の選挙権行使が制限されるべきではない。
よって、当会は、かかる憲法改正には反対の意を表明するものである。
2023(令和5)年10月12日
福島県弁護士会
会長 町 田 敦