東日本大震災及び東京電力福島第一原子力発電所事故から8年を迎えるにあたっての会長声明
本日,東日本大震災及び東京電力福島第一原子力発電所事故(以下,「本件原発事故」という。)から,8年を迎えた。
この8年の間に,多くの地域で避難指示が解除され,大規模な除染事業・復興事業等が推進されてきた地域も存する。しかしながら,避難指示が解除された地域において,住民の帰還が順調に進んでいるとは言いがたい。避難が長期化し居住環境が荒廃していること,生活インフラや就労環境等の回復が十分ではないこと,除染によってもなお放射線量の高い箇所が残存していることなどの複合的な理由から,本件原発事故以前と同様の生活が成り立つ状況にはなく,早期の帰還は容易ではないことが明らかとなっている。行政が把握している限りでも,福島県外への避難者は3万3235人[1],福島県内への避難者数は9790人[2]に及び,行政が把握していない避難者や,行政による「避難者」の定義にはあてはまらない移住者などをも含めれば,さらに多くの県民が,震災・本件原発事故から8年が経った今もなお,避難を継続せざるを得ない状況にある。2018年(平成30年)2月に福島大学うつくしまふくしま未来支援センターが公表した双葉郡住民実態調査報告書によれば,精神的な健康状態について,うつ病傾向を示す回答が回答者の56.5%に上るなど,本件原発事故により避難を余儀なくされた被害者が,本件原発事故から長期間を経過した現在でも,なお強いストレスにさらされていることが伺える。このような点から見ても,本件原発事故の被害者に対する支援はさらに継続されなければならない。
この1年でさらに顕著となったのは,本件原発事故による損害賠償に対する東京電力ホールディングス株式会社(以下,「東電」という。)の不当な対応である。東電は,賠償資金を原子力損害賠償・廃炉等支援機構(以下,「機構」という。)から援助されるにあたり,自ら「和解案の尊重」を含めた「3つの誓い」を掲げている。しかし,東電は,浪江町町民による原子力損害賠償紛争解決センター(以下,「センター」という。)への集団申立て,飯舘村村民による集団申立て,川俣町小綱木地区住民による集団申立て,福島市渡利地区住民による集団申立てなどの集団申立て案件について,和解案の受諾拒否を続け,これらの集団申立て案件については,2018年(平成30年)年4月以降,相次いで和解仲介手続が打ち切られる結果となった。そのほかにも,東電は,各地の集団訴訟に参加している者の個別申立て案件について,訴訟物が重なっているとの理由で和解案の受諾を判決確定まで「留保」するとの対応をしていることも明らかとなった。このように和解案の受諾拒否を繰り返す東電の対応は,もはや「和解案の尊重」という自らの誓いに違背したものであり,機構による資金援助の前提を覆したものと評価せざるを得ない。何より,公平・迅速な賠償金の支払いを求めてセンターに申立てを行った多数の被害者が,加害者である東電の受諾拒否や「留保」により,被害実態に見合った賠償金の支払いを迅速に受けられないという事態に陥っているのであり,これは,加害者である東電の対応による二次被害というほかない。当会は,センターに対し,かかる東電の不当な和解案受諾拒否に対し,毅然としかつ粘り強く対応し,和解仲介の目的を果たすためさらに尽力することを求める。また,不当なこのような事態をこれ以上発生させないためにも,国に対し,センターの和解仲介案に東電に対する片面的拘束力を認める旨の制度改正を行うことを,改めて強く求める。
さらに,このようにセンターでの手続が打ち切りになったことによって,自らの損害に見合った賠償を受けるために,他の手続を選択せざるを得なくなった被害者も多数生まれている。東電が「和解案の尊重」をしていれば,被害者はセンターへの申立てをすることで,和解仲介案に基づいた早期の賠償が受けられるはずであったが,東電の不当な対応により,もはやその前提が崩されつつあると言わざるを得ない。特に集団申立て案件が平成30年に入ってから相次いで打ち切られたことにより,その申立てに参加していた1万8000人あまりの被害者が,本件原発事故から7年以上が経過した時点において,和解案に提示された賠償がなされないまま,別個の手続,すなわち訴訟提起やセンターへの個別の和解仲介申立て等を選択せざるを得なくなってしまったのである。かかる事態に鑑みれば,本件原発事故に伴う賠償請求権の時効期間の延長等を含めた法的措置についても検討を始める必要があると指摘せざるを得ない。
本件原発事故に伴う賠償請求権の時効期間については,2013年(平成25年)12月に成立した「東日本大震災における原子力発電所の事故により生じた原子力損害に係る早期かつ確実な賠償を実現するための措置及び当該原子力損害に係る賠償請求権の消滅事項等の特例に関する法律」(以下「特例法」という。)により,被害者が損害及び加害者を知った時から10年,損害が生じたときから20年とする特例が適用されている。しかし,本件原発事故による損害賠償については,極めて多数の被害者が存在すること(原子力損害賠償紛争審査会の指針類で賠償請求が認められた被害者は100万人以上にのぼる),個々の被害者に性質や程度の異なる損害が同時に,かつ日々継続的に発生していること,長期の避難生活等の事情により,損害額の把握やその算定の基礎となる資料収集に支障をきたす被害者が存在すること,ことに不動産等の賠償については,数次にわたる相続関係の処理等に長期間を要する事例があることなど,一般的な不法行為に基づく損害賠償とは異なる特殊性がある。このような特殊性からすれば,特例法による時効期間の特例にもかかわらず,このままでは賠償請求権が時効により消滅してしまうという事態が生じることが強く懸念されるところである。特例法の国会審議の過程では,衆議院文部科学委員会において,全会派一致で「政府は…当該原子力損害の状況及び当該原子力損害の賠償の請求その他の賠償の実施の状況について定期的に確認し,その結果等を総合的に勘案して,必要があると認めるときは,当該原子力損害の賠償請求権に係る事項に関する法制上の措置を含め,所要の措置を講ずること」とする決議[3]がなされているところであり,内閣及び国会は,この決議に従い,賠償実施状況の詳細な確認や時効期間の再延長も含めた法的措置等についての検討を行うべきである。
当会は,東日本大震災及び本件原発事故から8年を迎えるにあたり,被災者・被害者一人ひとりの「人間の復興」を目指し,一人ひとりに寄り添った支援を継続していく決意を改めて表明するとともに,国に対し,被災者・被害者の自由な選択を保障するための支援の継続と制度面も含めた支援策の見直しを,また東電に対して今一度自らが掲げた誓いに則った誠実な賠償を履行することを求める。
2019年(平成31年)3月11日
福島県弁護士会
会長 澤 井 功
【執行先】
内閣総理大臣
文部科学大臣
復興大臣
衆参両院議長
東京電力ホールディングス株式会社
原子力損害賠償紛争解決センター
[1] 復興庁H30.10.30発表「全国の避難者数」より抜粋。発表時は最新の数字に変える必要あり(http://www.reconstruction.go.jp/topics/main-cat2/sub-cat2-1/hinanshasuu.html)
[2] 福島県H30.11.5発表「最新の被害状況即報1747報」より抜粋。発表時は最新の数字に変える必要あり。(http://www.pref.fukushima.lg.jp/site/portal/shinsai-higaijokyo.html)
[3] 「東日本大震災に係る原子力損害の被害者に対する賠償の適切かつ確実な実施に関する件」(2013年(平成25年)11月27日,衆議院文部科学委員会決議)