2022年(令和4年)5月9日、福島家庭裁判所郡山支部において検察官送致決定がなされた事件について、改正少年法に基づく特定少年の実名等の公表及び推知報道を控えるよう求める会長声明
1.2021年(令和3年)5月21日に「少年法等の一部を改正する法律」(以下、「改正少年法」という。)が成立し、同法により18歳以上少年(以下「特定少年」という。)の氏名、年齢、容ぼう等により当該事件の本人と推測できるような記事又は写真の出版物へ掲載(以下、「推知報道」という。)の禁止が一部解除された。
2022年(令和4年)4月8日、同法施行後初めて、甲府地方検察庁が、甲府市内で特定少年が起こしたとされる事件を公判請求し、その少年の実名を公表した。検察庁の公表を受けて、多くの報道機関が当該特定少年の推知報道を行った。
福島県においても、本年5月9日、特定少年が起こしたとされる事件(以下、「本件事件」という。)について、福島家庭裁判所郡山支部において検察官送致決定がなされた。本件事件について今後公判請求が仮になされれば、その場合、法律上は、報道機関が推知報道を行うことが可能となる。
2.少年法は、少年が成長発達途中にある未熟な存在であることから、その健全な育成を図ることを目的としている(同法1条、以下同じ。)。
そして、改正前の少年法は、少年の更生や社会復帰を阻害するおそれが大きいことから、推知報道を一律に禁止していた(61条)。
改正少年法では、18歳、19歳のときに罪を犯した場合に、家庭裁判所で検察官送致(いわゆる「逆送」)決定がなされ、検察官が公判請求をしたときに限り、推知報道の禁止が一部解除された(68条)。
しかしながら、改正少年法の下においても、特定少年であれば無条件に推知報道が許されるようになったというわけではない。特定少年も少年であり、少年法が目的とする少年の健全育成の趣旨は妥当する。
3.当会は、2015年(平成27年)12月18日付「少年法の適用年齢引下げに反対する会長声明」において、また、当会も構成員である東北弁護士会連合会は2021年(令和3年)3月17日付「少年法改正に反対する会長声明」において、日本弁護士連合会は2021年(令和3年)5月21日付「18歳及び19歳の者に関する少年法改正に対する会長声明」において、推知報道禁止の解除について反対の立場を表明している。
検察庁の実名公表及び報道機関等の推知報道が一旦なされれば、地方の狭い地域社会では、当該少年の実名が地域に知られることとなり、当該少年の更生可能性が著しく妨げられ、ひいては再犯可能性を高めることになりかねない。
したがって、少年については、これまでどおり、推知報道一律禁止を貫くべきであって、当会は、推知報道禁止を一部解除する改正少年法68条について削除することを求め、今後も尽力していく所存である。
しかしながら、直ちに法改正がなされるものではないことから、当会としては、改正少年法68条が削除されるまでの間、関係機関に対し、次のとおり要請するものである。
4.上記のとおり、推知報道禁止の一部解除は当該少年の更生可能性を著しく妨げ、ひいては再犯可能性を高めることになりかねないことから、検察庁は、現行の改正少年法の下での実名公表について、慎重に検討したうえで行うべきである。
改正少年法が施行された本年4月1日以降、新潟地方検察庁は自動車運転死傷行為処罰法違反(危険運転致死罪)で起訴した特定少年について、また、千葉地方検察庁は強盗罪等で起訴した特定少年について、実名を公表しなかった。
当県においても、特定少年が起こしたとされる事件について、本年4月25日、福島家庭裁判所いわき支部において検察官送致決定がなされたところ、福島地方検察庁は、本年5月2日に公判請求したものの実名を公表しなかった。これは、検察庁において、少年法の目的に十分配慮し、個別事案ごとに特定少年の実名公表を検討していることのあらわれである。当会においても、同日付で、福島地方検察庁に対し特定少年の実名公表を控えるよう求める会長声明を発出したものであり、検察庁は、特定少年の実名公表に対する慎重な態度を今後も継続するべきである。
5.改正少年法の衆議院・参議院の各法務委員会の付帯決議は、「インターネットでの掲載により当該情報が半永久的に閲覧可能となることをも踏まえ、いわゆる推知報道の禁止が一部解除されたことが、特定少年の健全育成及び更生の妨げとならないよう十分配慮されなければならない」としていることからすれば、報道機関は、検察庁が、公判請求後、特定少年の実名を公表するか否かに関わらず、推知報道が少年の改善更生や社会復帰を阻害する危険性を有することに鑑み、特定少年について推知報道の必要性について、慎重に検討、判断することが求められる。
6.本件事件の家裁への送致罪名は、強盗殺人、窃盗及び住居侵入であるが、報道によれば、当該少年は被害者の孫であるとされており、かかる報道自体が推知報道であり遺憾であるところ、既に、少年や被害者の周辺地域では少年の特定がなされている可能性が高く、少年が当該地域社会で更生していくことが困難な状況が生じている可能性が高い。その上さらに踏み込んで、実名が公表されれば、当該少年は、およそ社会の中で更生する機会を奪われかねない。
よって、当会は、本件事件について
⑴ 福島地方検察庁に対し、実名公表を控えるようを求める。
⑵ 県内報道機関に対し、検察庁が特定少年の実名を公表するか否かに関わらず、推知報道を控えるようを求める。
2022年(令和4年)5月13日
福島県弁護士会
会 長 紺 野 明 弘