憲法第96条の発議要件緩和に反対する会長声明
日本国憲法(以下「憲法」という)の第96条は、「この憲法の改正は、各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行われる投票において、その過半数の賛成を必要とする」と定める。
憲法第11条は「この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与えられる」と定め、憲法97条は「この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であって、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである」と定めている。すなわち、基本的人権の尊重こそが憲法の最高法規性を裏付けているものであり、国民の基本的人権が権力によって侵害されないよう、国家権力の組織を定め、たとえ民主的に選挙で選ばれた国家権力であっても権力が濫用されないよう縛りをかける国の基本法が憲法であり、その最高規範が安易に改正されないように定めたのが憲法第96条なのである。
しかるに、2012年(平成24年)4月27日に発表された自由民主党(以下「自民党」という)の日本国憲法草案は、第96条の憲法改正規定を、衆参各院の総議員の過半数で発議できるようにしており、昨年末の衆議院議員総選挙で発足した安倍内閣では,本年1月30日の国会答弁で「党派ごとに異なる意見があるため、まずは多くの党派が主張している憲法第96条の改正に取り組む」ことを表明し、最近では参議院選挙の争点にして国民に問うとしている。ここには、憲法改正規定を緩和して,憲法の改正をやりやすくし、その後憲法第9条やその他の条文を改正しようとの意図さえ窺われる。
しかし、憲法は国民の基本的人権の保障を定め、そのために国家権力に縛りをかけている最高法規であるから、これを改正する場合には、国会の審議においても、国民投票における国民相互間の議論においても、十分に充実した議論が重ねられ尽くすことが求められ、だからこそ、法律の制定よりも厳しい発議要件が定められているのである。
しかるに、仮に発議要件を三分の二から過半数に改正してしまうと、衆参両院で過半数を有する多数党であれば容易に憲法改正を発議できることになり、国の基本法が安易に変更され、基本的人権の保障が形骸化されてしまう危険性が生じ、国家権力を縛るという憲法の目的が損なわれることになりかねない。
加えて、現行の選挙制度の下では、たとえある政党が過半数の議席を得たとしても、小選挙区制の弊害によって大量の死票が発生するため、その得票率は5割に届かない場合がある。現に、昨年末の衆議院議員総選挙では自民党は約6割の294議席を獲得したが、有権者全体から見た得票率は3割にも満たないものであった。したがって、衆参各院の議員の過半数で憲法改正の発議ができるとすれば、国民多数の支持を得ていない憲法改正案が発議されるおそれが強くなる。そればかりか、立憲主義の縛りを受けている立場の政権与党が、過半数の発議要件のもとで,その縛りを解くために容易に憲法改正案を発議できることになってしまう。
以上のように、衆参各院での発議要件を緩和することは、憲法改正に関しては国会における大多数の議員の賛同を得られるだけの十分かつ慎重な審議を求めることにより厳格な立憲主義を貫こうとした憲法の最高規範性を大きく低下させ、憲法の安定性を損なわせることになる。
よって、当会は、憲法改正を容易にするために憲法第96条を改正して発議要件を緩和するいかなる動きにも強く反対する。
以上
2013年(平成25年)06月17日
福島県弁護士会
会長 小池 達哉