特定商取引法に事前拒否者への勧誘禁止制度の導入を求める意見書
特定商取引法に事前拒否者への勧誘禁止制度の導入を求める意見書
2015年(平成27年)10月14日
福島県弁護士会
会長 大 峰 仁
第1 意見の趣旨
特定商取引に関する法律(以下「特定商取引法」という。)の改正にあたり,以下の立法措置を講ずることを強く求める。
1 予め,訪問又は電話による勧誘を拒絶する意思を表明した消費者に対しては,訪問又は電話による勧誘行為を禁止する事前拒否者への勧誘禁止制度(オプト・アウト規制)を導入すべきである。
2 訪問販売に関してはお断りステッカーなどによる事前拒否に法的根拠を与えこれを無視して勧誘することを禁止するステッカー制度(ステッカー方式によるDo-Not-Knock制度)を導入すべきである。
3 電話勧誘販売に関しては電話勧誘を受けたくない消費者が電話番号の登録を行い登録者への電話勧誘を法的に禁止するDo-Not-Call制度を導入すべきである。
事業者による登録者の確認方法については,事業者が電話番号等のリストを登録機関に開示し,登録機関がそこに登録者の情報があるかを確認する,いわゆるリスト洗浄方式を採用すべきである。
4 特定商取引法では適用除外が設けられているが(同法26条1項8号),事前拒否者への勧誘禁止制度(オプト・アウト規制)は原則として全ての商品,役務に適用すべきである。
第2 意見の理由
1 事前拒否者への勧誘禁止制度導入の必要性
⑴ 消費者の要請なしに行われる不招請勧誘は,私生活の平穏を害し,消費者にとってそれ自体が迷惑である。
また,不意打ち的で一方的な勧誘になりがちであることから,事業者と消費者との間の情報の質及び量並びに交渉力の格差(消費者基本法1条,消費者契約法1条各参照)がより顕著となり,消費者が不本意な契約を締結させられることも少なくない。
それゆえに不当,不正な契約にもつながり,悪質商法の温床ともなりやすい。
⑵ 消費者基本計画(2015年(平成27年)3月24日閣議決定)において「勧誘を受けるかどうか,消費行動を行うかどうか,どの商品・サービスを消費するかについては,消費者の自己決定権の下に位置付けられるものと考えられる」とされており,事前拒否者への勧誘は自己決定権の侵害となる。
⑶ 全国消費者生活情報ネットワークシステム(PIO-NET)に登録された相談件数によれば,2008年(平成20年)特定商取引法改正以降,訪問販売全体では近年やや減少傾向にあるが,家庭訪問販売については増加傾向にあり(2009年度(平成21年度)50,227件→2013年(平成25年)57,483件),電話勧誘販売についても増加傾向にある(2009年度(平成21年度)40,448件→2013年(平成25年)92,340件)。
現行法は,飛び込み訪問勧誘や無差別電話勧誘の着手は許容したうえで具体的な拒否の意思表示があった場合に再勧誘が禁止される仕組みであるため,消費者が断ろうとしても巧妙な話術によって拒否できないケースが多いと考えられる。
とりわけ,60歳以上の高齢者の相談件数が訪問販売では53.6%を占め,電話勧誘販売では70.8%を占めており,断る力が衰えた高齢者は断り切れずに不本意な契約になるおそれが大きい。
消費者庁の2015年(平成27年)5月13日付「消費者の訪問勧誘・電話勧誘・FAX勧誘に関する意識調査について」によれば,同年3月の調査において訪問勧誘で96.2%,電話勧誘で96.4%の消費者が今後,勧誘を「全く受けたくない」と回答している。
⑷ 不招請勧誘は消費者の私生活の平穏,自己決定権の侵害であるにもかかわらず,現行法の規制が不十分であり,消費者の大半が訪問勧誘,電話勧誘を迷惑を捉えている現状からすれば,予め,訪問又は電話による勧誘を拒絶する意思を表明した消費者に対しては,訪問又は電話による勧誘行為を禁止する事前拒否者への勧誘禁止制度(オプト・アウト規制)を導入すべきである。
2 事前拒否者への勧誘禁止制度は事業者の営業の自由を不当に侵害しない
⑴ 刑法130条前段は,正当な理由のない住居やその敷地への立ち入りを禁じているが,その保護法益は管理権者の管理権ないしは私生活の平穏と解されており,住居の管理権や私生活の平穏を求める権利が法的に認められていることは明らかである。事前拒否者への勧誘活動は住居の管理権ないしは私生活の平穏を本人の意に反して侵害する行為に他ならない。
⑵ 他方,事業者にも営業の自由があることは当然だが,その権利は絶対的なものではなく,住居の管理権や私生活の平穏を求める権利との関係で制約を受けることもまた明らかである。
経済的自由は精神的自由よりも広い制約が許されるという判例・通説の考え方からすれば,勧誘拒否の意思表示をした消費者に対し住居の管理権や私生活の平穏を本人の意に反して侵害してなされる勧誘活動については,営業活動の自由が制約を受けることは当然であるといえる。
事前拒否者への勧誘禁止制度は,営業活動についての時・場所・方法の規制にすぎず,他の手段による営業活動(消費者から承諾を得た勧誘,勧誘を拒絶していない者に対する勧誘,訪問・電話以外の方法による勧誘)を規制するものではなく,また,電子メール広告については事前の同意がある場合のみ送信できるというオプト・イン方式を採用している(特定商取引法12条の3,36条の3,54条の3,特定電子メールの送信の適正化等に関する法律3条)こととの比較からしても,住居の管理権や私生活の平穏を求める権利を保護するための必要最小限度の規制といってよい。
以上によれば,事業者の営業の自由は,事業者の営業内容が悪質か否かを問わず,事前拒否者への勧誘活動まで許容するものでないことは明らかである。
3 諸外国の状況
⑴ 電話勧誘販売に対する規制の状況
① ヨーロッパではEU指令により不招請電話勧誘についてオプト・イン規制(不招請勧誘を原則として禁止し,例外的に同勧誘を同意した者にのみ勧誘が許される制度)又はオプト・アウト規制を導入することが義務づけられている。
オプト・イン規制:ドイツ,オーストリア,ルクセンブルク
オプト・アウト規制:イギリス,アイルランド,フランス,イタリア,ノルウェー,デンマーク(オプト・インとの併用),オランダ,ベルギー,スペイン
② 南北アメリカ
アメリカ,カナダ,メキシコ,ブラジル(州レベル),アルゼンチンでオプト・アウト規制が導入されている。
③ アジア・オセアニア
オーストラリア,インド,シンガポール,韓国でDo-Not-Call制度が導入されている。
⑵ 訪問販売に対する規制の状況
① オーストラリア
法律(競争消費者法)による国レベルでの規律がなされている。国の機関(競争消費者委員会,ACCC)がお断りステッカーを作成,配布している。
明文でステッカーに拒絶の意思表示の効果を定めてはいないが,ステッカーが退去要求に該当するという解釈をした裁判例がある。
違反した場合には罰則がある。
② アメリカ
条例による地方自治体(市,町)レベルでの規律がなされており,違反した場合に罰則を科すものが多い。
③ イギリス
地方自治体がお断りステッカーの配布に取り組んでいる。
④ ルクセンブルク
法律による国レベルでの規律がなされている。ステッカーを無視した勧誘によって契約した場合,消費者は無効を主張できるとされている。
⑶ 諸外国では,電話勧誘販売,訪問販売における事前拒否者への勧誘禁止制度の導入が主流となっている。
アメリカでは,電話勧誘販売における勧誘禁止制度導入時に営利的言論の自由を侵害して違憲であるという訴訟が提起されたが,連邦裁判所は,プライバシー保護及び消費者保護を目的とし,テレマーケティング業者の営利的表現の自由を必要以上に制約しない合理的な規制であり,合衆国憲法には違反しないとしている。
4 リスト開示方式とリスト洗浄方式
オプト・アウト型のDo-Not-Call制度における事業者による登録者の確認方法には,リスト洗浄方式(オーストラリア,シンガポール,韓国など)と,事業者に拒否者の電話番号リストを開示するリスト開示方式(リスト取得方式。アメリカ,イギリスなど)の2つがある。
リスト開示方式の場合,事業者が保有していない電話番号を知ることができるため悪質な事業者による電話勧誘が増えたり,リスト自体が転売される危険性がある。
これに対してリスト洗浄方式では,事業者がもともと保有していなかった電話番号を入手することができないため,新たな番号を知られたりリストが転売されたりする危険性が低い。
オプト・アウト型のDo-Not-Call制度を導入する場合,リスト洗浄方式が採用されるべきである。
5 特定商取引法26条1項8号の適用除外との関係
特定商取引法では,訪問販売,電話勧誘販売について適用除外が設けられている(同法26条1項8号)。
諸外国では,原則として全ての営業に適用され,適用除外となるのは政治活動,宗教活動,慈善活動などに限定されている。
消費者庁の調査結果によると訪問販売や電話勧誘を受けた商品や役務の上位には,インターネット回線や電話回線,放送サービス,生命保険,投資関係など特定商取引法の適用除外となる商品,役務が並んでいる。
消費者にとって不招請勧誘を受けること自体が迷惑なのであって,金額や商品,役務の種類の問題ではない。
事前拒否者への勧誘禁止制度は原則として全ての商品,役務に適用すべきである。
6 おわりに
以上の次第で,特定商取引法の改正にあたり意見の趣旨記載の立法措置を講ずることを強く求めるものであるが,法改正によって制度が導入されても事業者によって遵守されなければ意味がない。
そこで,事業者の違反行為に対しては,行政処分及び罰則をもって対処すべきであるほか,違反による利得を事業者に残さないようにするために契約の取消権または解除権を消費者に付与することも検討すべきである。
以上