母子家庭の貧困を根本から解消するための施策を求める決議
母子家庭の貧困を根本から解消するための施策を求める決議
1 昨今,家族の多様化にともない,ひとり親世帯,とりわけ母子世帯は急増している。
ひとり親世帯の中でも,とりわけ母子世帯の貧困が指摘されており,特に,海外との比較においては,日本の母子世帯は働いているにもかかわらず貧困な状態にあることが指摘されている。これは,福島県でも同様かむしろ深刻である。
2 母子世帯の多くが就労しているにもかかわらず,貧困状態にあることに鑑みれば,女性の労働条件・労働環境に問題があり,それが母子家庭の貧困に影響を与えていることは明白である。
特に女性労働者の過半数は,非正規労働者であるが,女性非正規労働者の所定内給与は,男性非正規労働者の80.6%,男性正規労働者の52.2%に過ぎない。管理的職業従事者に占める女性労働者の割合の低さも指摘されているところである。
このような雇用分野における男女間格差が,ひとり親世帯となったとき,母子世帯の貧困として顕在化しているとみることができる。
3 1960年代以降,夫が家計収入の主たる稼ぎ手,妻が家事,育児,介護等の家庭責任の担い手であることを想定した男性稼ぎ主型家族に終身雇用と年功序列を重要な特色とした日本的雇用慣行とがセットとなり,日本の標準的正規労働者像が形成された。日本的雇用慣行においては,正規労働者の優遇と非正規労働者の低処遇とを内在しており,この優遇の代償として,正規労働者は,長時間労働や頻繁な転勤などによる私生活上の不自由・不利益を甘受せざるを得なかった。そのため,多くの正規労働者は,家事,育児,介護等を担当する配偶者を必要とし,より一層,上記のような雇用と家族の関係とが強固なものとなっていった。
このように,正規労働者の標準は,家庭責任を担う必要のない労働者を前提としたものとなった。
このような標準正規労働者像は,ワークライフバランスがうたわれる現在においてもなお根強く残っている。
4 1985(昭和60)年,日本は,雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律(以下,「男女雇用機会均等法」という。)を制定し,女性差別撤廃条約を批准した。これらは,雇用分野における男女差別撤廃を定めているにもかかわらず,未だ格差が解消されていない。
それは,上記のとおり,日本的雇用慣行は,家庭責任を顧みない労働者を標準正規労働者像としていたにもかかわらず,男女雇用機会均等法は,この標準正規労働者像を問題視することなく,単に,この標準正規労働者に該当しさえすれば,女性であっても,男性と同等に扱うことを保障したものに過ぎなかったからである。
そのため,従来の雇用慣行は維持され,男女間格差は30年を経ても温存される結果となった。5 母子家庭の貧困解消のためには,そもそもの原因である雇用分野における男女間格差の解消が必要であり,そのためには,現状の標準正規労働者像を根本的に問い直すことが不可欠である。
本来,就労と家事・育児・介護等の家庭責任を両立することは,健康で文化的な,人間らしい生活の重要な要素である。時間外労働を行うことが当然との標準正規労働者像は是正されなければならない。女性差別撤廃条約や家族的責任を有する男女労働者の機会及び待遇の均等に関する条約(以下,「ILO156号条約」という。)及び,男女労働者特に家族的責任を有する労働者の機会均等及び均等待遇に関する勧告(以下,「ILO165号勧告」という。)でも,「社会及び家庭における男子の伝統的役割を女子の役割とともに変更することが男女の完全な平等の達成に必要である」との認識が宣言されている。家庭責任を負った労働者が働きやすい労働環境を整備するために,まずはさらなる労働時間規制を行ない,すべての労働者が,人間にとって不可欠の営みである家庭責任を当然の前提とした働き方ができる労働環境を作っていく必要がある。
また,多くの女性が低賃金の非正規労働者である現状に鑑み,母子家庭の貧困をより実効的に解消するためには,同一価値労働同一賃金の導入と最低賃金を大幅に増額することも必要である。
さらに,母子家庭の貧困の切迫した現状に鑑みると,早急な手当は不可欠である。福島県では平成28年度現在,実施されていないが,修学や疾病などにより一時的に家事援助,保育等のサービスが必要となった際に,家庭生活支援員を派遣し,又は家庭生活支援員の居宅等において児童の世話などを行うひとり親家庭等日常生活支援事業の導入は重要である。
そこで,当会は,
1 国に対し,母子家庭を含むすべての女性が安定して働き続けることができるように,従来の標準正規労働者像を修正するため,ILO156号条約及びILO165号勧告を遵守し,労働者の労働時間は1日8時間,週40時間を上限とすることが原則であって,これを超える時間外労働は例外的なものであることを改めて確認し,時間外・休日・深夜労働について,法律によって,労使間協定によっても超えることができない労働時間の上限時間等を1日及び週単位で設定するなど,すべての労働者が家事・育児・介護等の家庭責任と就労とを両立できるような措置を講じることを提言する。
2 国に対し,客観的な職務評価基準を整え,同一価値労働同一賃金の原則が確保される立法を含む措置を早急に構築すること及び長時間働かなくとも人間らしい生活を営むことができるように,地域別最低賃金を大幅に引き上げることを提言する。
3 福島県に対し,母子及び父子並びに寡婦福祉法及び同法に基づき厚生労働大臣が基本方針として定めたひとり親家庭に関するすべての支援事業を実施すること。とりわけ,時間外労働や各種休業制度等の利用に対する雇用環境の現状に鑑み,ひとり親家庭等日常生活支援事業を緊急に実施することを提言する。
2016(平成28)年5月21日
福 島 県 弁 護 士 会
母子家庭の貧困を根本から解消するための施策を求める決議理由書
1 母子家庭貧困の実態
⑴ 昨今,非婚化,離婚率の増加など家族の多様化にともない,ひとり親世帯は増加している。全国母子家庭等調査によれば,1998(平成10)年度に111.8万世帯であったひとり親世帯は,2011(平成23)年度には,146.1万世帯に増加している。このひとり親世帯の大半は,母子家庭であって,1998(平成10)年度に,95.5万世帯であったものが,2011(平成23)年度には,123.8万世帯となっている。
⑵ ところで,母子家庭に関しては,貧困率が非常に高いことが指摘されており,そのことが大きな問題となっている。2013(平成25)年国民生活基礎調査によれば,2012(平成24)年の全体の相対的貧困率は16.1%であるのに対し,ひとり親世帯の相対的貧困率は,54.6%とされている。
上記のとおり,日本のひとり親世帯の大半は母子家庭であって,母子家庭の平均年間収入は223万円(就労収入は181万円),父子世帯の平均年間収入が380万円(就労収入は360万円)であることからすると,ひとり親世帯の貧困はすなわち,母子家庭の貧困ということができる。
ひとり親世帯の貧困は日本特有の問題ではなく,OECD加盟国においても,ひとり親世帯は,一般世帯に比して貧困率が高い。しかし,OECD加盟国におけるひとり親世帯の相対的貧困率は,就労していない場合が平均58%であるが,就労すると平均20.9%まで下がる。
しかしながら,日本は,就労していない場合の相対的貧困率が50.4%であるのに対し,就労した場合には,50.9%と逆転現象が起きている。[1]現に,母子家庭の就業率は,80.6%[2]であって,このように働いているにもかかわらず,なお深刻な貧困率であるところに日本の母子家庭の貧困の特徴がある。
⑶ 母子家庭の貧困実態(福島県)
上記状況は,福島県でも同様かむしろ深刻である。
福島県においては,2001(平成13)年に1.71万世帯であった母子家庭数が2011(平成23)年には,2.26万世帯へと増加している。
この母子家庭のうち,87.2%が就労している。しかし,年間就労収入の平均は179万5000円に過ぎず,年間就労収入が100万円未満の世帯割合が18.0%,同100万円以上200万円未満の世帯割合が44.5%,同200万円以上300万円未満の世帯割合が21.1%であり,母子家庭の83.6%が300万円未満の年間就労収入で生活していることになる。[3]
[1] Table CO2.2.A Poverty rates for children and households with children by household characteristics, OECD countries, 2010*
[2] 平成23年度全国母子世帯等調査
[3] 県児童家庭課調べ
県内の母子家庭の支援に当たっている,NPO法人「しんぐるまざあず・ふぉーらむ・福島」理事長遠野馨氏の話では,「最低賃金の低い福島県では,母子家庭のお母さんは,ダブルワーク,トリプルワークで生活を維持しているのが普通。」とのことである。
2 母子家庭が貧困となる原因
⑴ 母子家庭の多くが就労しているにもかかわらず,上記の状況にあることに鑑みれば,女性の労働条件・労働環境に問題があり,それが母子家庭の貧困に影響を与えていることは明白である。
⑵ 男女賃金格差
そこで,まず,男女の賃金の現状を見てみると,以下のとおりである。
女性正規労働者の所定内給与は,男性正規労働者の74.8%である。女性非正規労働者の所定内給与は,女性正規労働者の69.8%,男性非正規労働者の80.6%,男性正規労働者の52.2%に過ぎない。[4]
男女賃金格差は,同じ正規労働者同士でも生じているが,これが女性非正規労働者と男性正規労働者との間の差になると,倍近くの開きとなり,その差は深刻である。そして,ここには賞与や時間外賃金が含まれていないことを考慮すれば,実際の差額は一層深刻である。そうであるとすれば,女性非正規労働者の数や割合が女性全体の収入に与える影響は大きい。
⑶ 非正規労働者数
そこで,次に非正規労働者の現状について見てみると,以下のとおりである。
女性非正規労働者は,1985(昭和60)年から2014(平成26)年までの間に470万人から1332万人へ,女性の雇用者数(役員を除く)割合は32.1%から56.7%へと激増している。
すなわち,この30年の間で女性労働者総数は,約888万人増加したが,そのうち正規労働者の増加はごくわずかで,増加した労働者の大半(862万人)は,非正規労働者であった。
たしかに男性の非正規労働者も増加しているが,男性非正規労働者割合は,2014(平成26)年で21.8%に過ぎず,しかも,その中には学生や定年退職後の再就職者等を相当数含んでいる。実際,年齢別の非正規労働者割合を見てみると,男性の35才から54才まででは,非正規労働者の割合は10%を下回っている。一方,女性は,25才から34才で42.1%とかろうじて50%を下回るに過ぎず,その他の年齢層ではすべて50%を上回っている。[5]
⑷ 管理職就業率
ところで,現在の日本の正規労働者の賃金体系は,職能給,職務給制度が採用されていることが多い。これらの給与額の決定においては,一般的に,勤続年数や役職の有無が大きく影響し,特に管理職以上の肩書きを有するかどうかは,その給与額に決定的な違いを与える。
しかし,管理的職業従事者に占める女性労働者の割合は,2012(平成24)年で,11.2%であり[6],係長相当が14.4%,課長相当が7.9%,部長相当が4.9%に過ぎない[7]。
⑸ このように,雇用分野における男女間格差の放置が,ひとり親世帯となったとき,母子家庭の貧困として顕在化しているとみることができる。
[4]厚生労働省「平成26年賃金構造基本統計調査」
[5]総務省「労働力調査特別調査,『平成26年労働力調査』」
[6]総務省「平成25年労働力調査(基本集計)」
[7]厚生労働省「賃金構造基本統計調査」
3 格差が解消されない理由
⑴ 雇用分野において男女格差が生まれた理由
日本における性別役割分業は,1960年代以降,夫が家計収入の主たる稼ぎ手,妻が家事,育児,介護等の家庭責任の担い手であることを想定した男性稼ぎ主型家族という形で現れた。そこに終身雇用と年功序列を重要な特色とした日本的雇用慣行とがセットとなり,日本の標準的正規労働者像が形成された。日本的雇用慣行においては,正規労働者の優遇と非正規労働者の低処遇とを内在していたものであったが,性別役割分業モデルの男性稼ぎ主型家族の存在があればこそ,そのような格差は社会に矛盾なく受入れられていた。そして,この優遇の代償として,正規労働者は,長時間労働や頻繁な転勤などによる私生活上の不自由・不利益を甘受せざるをえないこととなり,正規労働者は,ケア労働を担当する配偶者を必要として,より一層,上記のような雇用と家族の関係とを強固なものとしていった。
当然ながら,このような日本の雇用は,雇用分野における男女格差をうんだ。女性は,たとえ正規労働者でも多くは長期雇用の恩恵の対象外にあるか,あるいは,非正規労働者として平等主義から排除される労働者であった。しかし,このような男女格差は,強固な性別役割分業意識の下,差別という認識すらされてこなかった。
このように,男性は,女性が家庭にいるという前提での働き方が標準となり,正規労働者の標準は,家庭責任を担う必要のない労働者を前提としたものとなった。その結果,家庭のことで仕事に穴を開けることがなく,長時間労働可能な労働者であって初めてまともな労働者として評価されることとなった。そして,長時間労働が所与の前提であることから,時間外労働の割増賃金を含めて生活可能な賃金になったとしても,そのことが問題視されることもなかった。
⑵ 労働時間の現状
そのような標準正規労働者像は,ワークライフバランスがうたわれる現在においてもなお根強く残っている。
労働基準法により,所定労働時間は1日8時間,週40時間が上限とされているものの,実態は同法36条に基づく労使協定の存在により,時間外労働が当然という扱いとなっており,労働現場では,原則と例外が逆転している。
労働基準法の所定外労働時間の規制等により,労働者全体の平均労働時間は減少傾向にはあるものの,労働時間が週50時間以上の労働者の国際比較において,日本は28.1%と突出している[8]。週実労働時間でみると,女性41.5時間であるのに対し,男性は46.7時間であって,とりわけ男性労働者の長時間労働がうかがわれる[9]。
⑶ 各種制度の利用状況
このような意識は,各種休暇制度の利用状況からも見て取れる。
たとえば,年次有給休暇の取得率は,47.1%である(2012(平成24)年)。[10]
育児休暇制度は,男性の利用者数が19万人(2012(平成24)年),同利用率が2%(2013(平成25)年)に過ぎない。一方,女性は,利用者数が63万人,同利用率が83%である[11]。
介護休暇制度は,男性正規労働者の利用率は,16.3%(2012(平成24)年),非正規労働者の利用率は,17.0%である。一方,女性は,それぞれ17.4%,13.8%である[12]。
⑷ まとめ
1985(昭和60)年,日本は,女性差別撤廃条約を批准した。同条約においては,「人間の奪い得ない権利」として労働の権利を女性に保障し,女性に対する差別を撤廃するためのすべての適当な措置をとることを求めている。
また,同条約の批准とあわせ,雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律(以下,「男女雇用機会均等法」という。)が制定され,「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保を図」り,「労働者が性別により差別されることなく・・・・・・充実した職業生活を営むことができるようにすること」が明記された。
このように,日本において,法律上,雇用分野における男女差別撤廃が定められてから既に30年が経過したが,現状は,上記のとおりであって,未だ格差が解消されていない。
それは,男女雇用機会均等法が,前記のような性別役割分担意識を前提とした標準正規労働者像について,何らの対策も執らなかったからである。
すなわち,日本的雇用慣行は,上記のとおり,性別役割分担意識を前提とした家庭責任を顧みない労働者を標準としていたにもかかわらず,男女雇用機会均等法は,この標準正規労働者像を問題視することなく,単に,この標準的労働者に該当しさえすれば,女性であっても,男性と同等に扱うことを保障したものに過ぎなかった。
そのため,従来通りの転勤や長時間労働を前提とした働き方をこなさなければ,一人前の労働者として扱われないという雇用慣行は維持された。
そのため,男女雇用機会均等法施行後も,家庭責任と両立しつつ能力を十分に発揮して働くということが困難な状況が続き,結果的に,男女ともに従来通りの働き方を余儀なくされた。すなわち,生活可能な収入を得るためには,家庭責任を前提としない従来の働き方が必要とされたため,生活を維持するためには,男性は従来通りの働き方を余儀なくされた。
その反動として,妻である女性は,従来通り,家庭責任を背負わなければならず,そのような女性は,標準未満の労働者として就労継続や昇進・昇格の壁にぶつかっている。又は,就労の継続や昇進・昇格をすると必要な家庭責任を果たすことができなくなるため,自ら就労継続や昇進・昇格を回避する状況を生み出している。
実際に,男女雇用機会均等法においては,妊娠中や出産後1年以内の解雇や妊娠出産等を理由にした不利益取り扱いを禁じているが,出産を機に6割もの女性が退職している。
このことは,2015(平成27年)12月25日に閣議決定された第4次男女共同参画基本計画においても指摘されている。
[8] 内閣府「平成18年版国民生活白書」
[9] 2013 総務省統計局「労働職調査年報」
[10] 厚生労働省『賃金労働時間制度等総合調査』
[11] 『就業構造基本調査』『雇用均等基本調査』
[12] 『就業構造基本調査』
4 提言
⑴ 労働時間規制の必要性
母子家庭の貧困解消のためには,そもそもの原因である雇用分野における男女間格差の解消が必要である。そして,そのためには,現状の標準正規労働者像を前提とした雇用慣行について根本的に問い直すことが不可欠である。
本来,就労と家事・育児・介護等の家庭責任を両立することは,健康で文化的な,人間らしい生活の重要な要素である。
日本は1995(平成7)年,家族的責任を有する男女労働者の機会及び待遇の均等に関する条約(以下,「ILO156号条約」という。)及び,男女労働者特に家族的責任を有する労働者の機会均等及び均等待遇に関する勧告(以下,「ILO165号勧告」という。)を批准した。これら条約及び勧告は,家族的責任を有する男女労働者のための特別のニーズに応じた措置(特別措置とともに,労働者の置かれている状況を全般的に改善することを目的とする措置(一般的措置))が必要だと述べ,一般的措置として,1日あたりの労働時間の漸進的短縮及び時間外労働の短縮(同勧告18項(a))が必要であると規定している。
たしかに育児・介護休業制度や短時間労働制度は存在するが,上記のとおり十分に利用されているとは言いがたい。
これら制度の利用を躊躇わせ,同制度を利用せざるを得ない者に対する批判的雰囲気の背景には,転勤や時間外労働が当然であって,家庭責任を顧みることが許されない標準正規労働者像がある。
家庭責任を負った労働者が働きやすい労働環境を整備するためには,従来の標準正規労働者像を根本から見直し,さらなる労働時間規制を行なって,すべての労働者が,人間にとって不可欠の営みである家庭責任を当然の前提とした働き方ができる労働環境を作っていく必要がある。女性差別撤廃条約前文においても,「社会及び家庭における男子の伝統的役割を女子の役割とともに変更することが男女の完全な平等の達成に必要である」との認識が宣言されており,同認識は,ILO156号条約及びILO165号勧告でも引用されている。また,第4次男女共同参画基本計画においては,「第2部 施策の基本的方向と具体的な取組み Ⅰ あらゆる分野における女性の活躍」の第1分野として,「男性中心型労働慣行等の変革と女性の活躍」が掲げられており,女性の活躍推進のためには,長時間労働削減を初めとする男性中心型労働慣行等を見直すことの必要性が指摘されている。
たしかに,さらなる労働時間規制は,女性の賃金上昇に直結するものではなく,母子家庭の貧困を即座に解消するものではない。しかし,時間外労働が所与の前提とされる標準正規労働者像が見直されなければ,家庭責任を背負った労働者が負い目を感じることなく職場で就労を継続し,かつその能力に見合った正当な評価を受けることは難しく,母子家庭の母親の雇用分野における格差は解消されない。したがって,母子家庭の貧困を根本から解消するためには,まずは労働時間規制をしっかりと行なうことが必要である。
⑵ 賃金制度改革の必要性
多くの女性労働者が非正規労働者として就労しており,正規労働者との雇用形態の違いによる差別が是認されている現状にあっては,標準正規労働者像が見直されたとしても,なお,この雇用形態を理由とする差別による格差が残存する可能性がある。また,フルタイムで働いても人間らしい生活をするに足る賃金を得ることが困難な最低賃金の額が解消されなければ,貧困状態に取り残される者が出てくる。
したがって,母子家庭の貧困をより実効的に解消するためには,同一価値労働同一賃金の導入と最低賃金を大幅に増額することが必要となる。
⑶ 切迫した現状に鑑みた福祉制度の必要性
上記のとおり,労働時間規制は,母子家庭の貧困を即座に解消するものではないことから,母子家庭の貧困の切迫した現状,とりわけ,母子家庭の貧困は,子どもの貧困でもあるということにも鑑みると,福祉的な観点からの,早急な手当は不可欠である。この点,母子及び父子並びに寡婦福祉法は,厚生労働大臣が,母子家庭等及び寡婦の生活の安定と向上のための措置に関する基本方針を定め(同法11条1項),都道府県等が基本方針に則した自立促進計画を定めること(同条12条1項)及び都道府県等が各種貸付けや日常生活支援事業を実施できること(同法13条,14条及び17条)などを規定している。これらに定められた支援事業は多岐にわたり,福島県でも多くの事業が実施されてはいるが,すべてが実施されているわけではなく,また実施されているものでも十分活用されていないものもある。とりわけ,時間外労働や各種休業制度等の利用に対する雇用環境の現状に鑑みると,修学や疾病などにより一時的に家事援助,保育等のサービスが必要となった際に,家庭生活支援員を派遣し,又は家庭生活支援員の居宅等において児童の世話などを行うひとり親家庭等日常生活支援事業の導入は重要であるが,福島県では,平成28年度現在,同支援事業は実施されていない。
そこで,当会は,
1 国に対し,母子家庭を含むすべての女性が安定して働き続けることができるように,従来の標準正規労働者像を修正するため,ILO156号条約及びILO165号勧告を遵守し,労働者の労働時間は1日8時間,週40時間を上限とすることが原則であって,これを超える時間外労働は例外的なものであることを改めて確認し,時間外・休日・深夜労働について,法律によって,労使間協定によっても超えることができない労働時間の上限時間等を1日及び週単位で設定するなど,すべての労働者が家事・育児・介護等の家庭責任と就労とを両立できるような措置を講じることを提言する。
2 国に対し,客観的な職務評価基準を整え,同一価値労働同一賃金の原則が確保される立法を含む措置を早急に構築すること及び長時間働かなくとも人間らしい生活を営むことができるように,地域別最低賃金を大幅に引き上げることを提言する。
3 福島県に対し,母子及び父子並びに寡婦福祉法及び同法に基づき厚生労働大臣が基本方針として定めたひとり親家庭に関するすべての支援事業を実施すること。とりわけ,時間外労働や各種休業制度等の利用に対する雇用環境の現状に鑑み,ひとり親家庭等日常生活支援事業を緊急に実施することを提言する。
以上