再審法の速やかな改正を求める決議
再審法の速やかな改正を求める決議
1 刑事事件の再審(以下「再審」という。)は、人権擁護の理念に基づいて、誤判により有罪の確定判決を受けたえん罪被害者を迅速に救済することを目的とする制度である。
東京高等裁判所第2刑事部は、2023年(令和5年)3月13日、いわゆる「袴田事件」に関する再審請求事件について、2014年(平成26年)3月27日に静岡地方裁判所が行った再審開始決定を支持し、検察官の即時抗告を棄却した。このことは、全国的にも大きく報道され、再審やえん罪被害者に対する市民の関心は、これまでになく高まっている。
2 しかし、日本においては、「開かずの門」と言われるほど、再審が認められることがまれであり、えん罪被害者の救済が遅々として進まない状況にある。その原因は、現在の再審制度が抱える制度的・構造的な問題にある。
個人の尊重を最高の価値として掲げる日本国憲法(憲法13条)の下では、無実の者(無辜)が処罰されることは絶対に許されず、えん罪被害者は速やかに救済されなければならない。そのためには、再審請求手続においても、再審請求人の主体性を尊重した適正手続の保障が必要である(憲法31条)。ところが、現行の再審法(刑事訴訟法第4編再審)の規定は、わずか19条しか存在せず、裁判所の裁量に委ねられている点が非常に多いことから、その判断の公正さや適正さが制度的に担保される仕組みとなっていない。
したがって、えん罪被害者の迅速かつ確実な救済のためには、憲法の理念に沿って、再審法の在り方を全面的に見直すことが必要である。とりわけ、再審請求手続における全面的な証拠開示の制度化と、再審開始決定に対する検察官による不服申立ての禁止の2点は、早急な法改正を要する喫緊の課題である。
3 「袴田事件」をはじめとする再審開始決定を得た事件の多くでは、再審請求手続の中で初めて開示された証拠が再審開始の判断に強い影響を及ぼしており、再審請求手続における証拠開示の制度化が極めて重要であることが明らかとなった。
しかし、再審請求手続における証拠開示については、明文の規定が存在せず、裁判所の広範な裁量に委ねられていることから、「再審格差」とも呼ばれるように、証拠開示の実現に向けた裁判所の訴訟指揮の在り方にも大きな差が生じている。
したがって、再審請求手続においても、再審請求人に対する手続保障を図り、その活動を実効あらしめるために、通常審において必要とされているのと同様、全面的な証拠開示の制度化を早急に実現しなければならない。
4 また、長い年月をかけて再審開始決定を得たとしても、それに対する検察官の不服申立てによって、更に審理が長期化するという事態も生じている。すなわち、現行の再審制度が再審開始決定に対する検察官抗告を認めているため、近年、再審開始決定に対する検察官による即時抗告や特別抗告が行われることが多く、その結果、再審開始が遅延し、えん罪被害者の迅速な救済が阻害される事態が続いている。
そもそも、不利益再審が禁止された現行の再審請求手続においては、再審の目的はえん罪被害者の救済以外あり得ず、検察官は「無辜の救済」のために裁判所の審理に協力する「公益の代表者」(検察庁法4条)の立場に過ぎないのであるから、そのような検察官に再審開始決定に対する不服申立権を認める必要はない。
したがって、えん罪被害者の迅速かつ確実な救済のためには、再審開始決定に対する検察官の不服申立てを禁止する必要がある。
5 以上の2点以外にも、冒頭で指摘したように再審法の規定が少なく、とりわけ、審理の在り方については、明文の規定が存在せず、裁判所の広範な裁量に委ねられていることから、証拠開示以外の局面でも、時に「再審格差」と呼ばれるように、裁判所の訴訟指揮に大きな差が生じるという問題がある。
したがって、再審請求人の手続保障を図るとともに、裁判所の公正かつ適正な判断を担保するためには、進行協議期日設定の義務化、事実取調べ請求権の保障、請求人の手続立会権・意見陳述権・証人尋問における尋問権の保障及び手続の公開、通常審や過去の再審請求に関与した裁判官の除斥及び忌避、国選弁護制度の導入等を始めとする再審請求手続における手続規定を整備する必要がある。
6 よって、当会は、えん罪被害者を迅速かつ確実に救済するため、国に対し、
(1)再審請求手続における全面的な証拠開示の制度化
(2)再審開始決定に対する検察官による不服申立ての禁止
(3)再審請求手続における手続規定の整備
を含む再審法の改正を速やかに行うよう求める。
以上のとおり決議する。
2023年(令和5年)11月25日
福島県弁護士会
提 案 理 由
第1 はじめに
えん罪は、犯人とされた者やその家族だけでなく、犯罪の被害者やその関係者の人生をも狂わせる。えん罪は、紛れもなく、国家による最大の人権侵害の一つである。
日本国憲法は、一人ひとりの人間をかけがえのない存在として大切にするという「個人の尊重」を究極の価値としている(憲法13条)。このような日本国憲法の下では、無実の者(無辜)を国家が処罰することが絶対にあってはならないことは当然の帰結である。そのため、日本国憲法は、それ自体の中に多数の刑事手続関連条項を設け(憲法31条から40条まで)、刑事訴訟法等の法律を充実させることによって、えん罪の発生を防止しようとしてきた。
しかし、それでもえん罪は発生してきた。そのことは、近時、次々と明らかとなった再審無罪の事例にも端的に現れている。我が国でも、10年、20年、時には人生の大半をかけて、自らの無実を主張するえん罪被害者が後を絶たない。そのようなえん罪被害者を救済する「最終手段」が再審なのである。
このように重要な再審制度であるが、現行法上、再審手続について定めた規定は、刑事訴訟法第4編「再審」の、わずか19条の条文のみである(以下、この19条の条文を「再審法」と表記する。)。そのため、再審請求手続では裁判所に広範な裁量が認められ、「再審格差」とも言うべき状況が発生している。
第2 再審法の問題点及び再審法に定められるべき内容
再審は、人権擁護の理念に基づいて、誤判により有罪の確定判決を受けたえん罪被害者を救済することを目的とする制度である。すなわち、現在の再審法は、憲法39条が「二重の危険」の禁止を基本的人権として保障していることを踏まえ、戦前の旧刑事訴訟法では認められていた不利益再審を廃止し、利益再審のみを認めることとしている。したがって、再審の目的は、もっぱらえん罪被害者を救済することにあり、無辜の救済のために「のみ」存在する制度である。
にもかかわらず、我が国においては、「開かずの門」と言われるほどに、極めて厳しい要件の下にしか再審が認められず、えん罪被害者の救済は遅々として進んでこなかった。
その原因は、決して各事件固有の問題にあるのではなく、再審法及びその運用に関する制度上の問題にあるのである。特に、えん罪被害者を救済するための「最終手段」であるはずの再審請求手続において、①証拠開示に関する明文の規定が存在しないこと、②再審開始決定に対する検察官の不服申立てが許容されていることにより審理が極めて長期化していること、の2点については、早急な法改正を要する喫緊の課題である。
1 再審請求手続における全面的な証拠開示の制度化
えん罪被害者の救済という再審の理念を実現するためには、通常審段階において公判に提出されなかった裁判所不提出記録を再審請求人に利用させること(再審における証拠開示)が極めて重要である。しかし、現行の刑事訴訟法には、再審における証拠開示について定めた明文の規定は存在せず、裁判所の訴訟指揮に基づいて証拠開示が行われている。
例えば、近年、再審において無罪判決が確定した「布川事件」(2011年(平成23年)5月再審無罪判決)、「東京電力女性社員殺害事件」(2012年(平成24年)11月再審無罪判決)、「東住吉事件」(2016年(平成28年)8月再審無罪判決)及び「松橋事件」(2019年(平成31年)3月再審無罪判決)では、通常審段階から存在していた証拠が再審請求手続又はその準備段階において開示され、それが確定判決の有罪認定を動揺させる大きな原動力となった。また、係属中の事件ではあるが、「袴田事件」、「大崎事件」、「日野町事件」、「福井女子中学生殺人事件」でも、再審請求手続における証拠開示が、再審開始決定に大きく寄与している。
このように、証拠開示の基準や手続が明確ではなく、全てが裁判所の裁量に委ねられていることから、裁判所の積極的な訴訟指揮によって重要かつ大量の証拠開示が実現した事件がある一方、訴訟指揮権の行使に極めて消極的な態度を取る裁判所もあるなど、裁判所によって大きな格差が生じている。
2016年(平成28年)の刑事訴訟法改正の際の改正附則9条3項では「政府は、この法律の公布後、必要に応じ、速やかに、再審請求審における証拠の開示……について検討を行うものとする」旨が規定されている。
したがって、再審における証拠開示については、全ての裁判所において統一的な運用が図られるよう、その法制化が急務といえるのである。
2 再審開始決定に対する検察官による不服申立ての禁止
再審開始決定に対する検察官の不服申立てが、えん罪被害者の速やかな救済を阻害するという問題については、かねてより指摘されてきた。それでも、1990年代までは、再審開始決定に対する即時抗告が棄却された場合、特別抗告がなされることはなく、そのまま再審開始決定が確定することが多かった。しかし、近年では、「布川事件」、「松橋事件」、「大崎事件」及び「湖東事件」において、検察官が最高裁判所に特別抗告を行っており、本年3月6日には、「日野町事件」においても、再審開始を認める即時抗告審の決定に対して、検察官は特別抗告を行った。「日野町事件」において再審開始決定がなされたのは2018年(平成30年)であり、特別抗告により、えん罪被害者の救済の実現にさらに長期間を要すこととなった。「大崎事件」では、請求審の再審開始決定及びこれを維持した即時抗告審の決定が、検察官の特別抗告によっていずれも取り消される事態も生じており(最高裁判所令和元年6月25日決定集刑326号1頁)、その弊害は顕著である。「袴田事件」の第2次再審請求審では、再審開始決定に対する検察官の即時抗告によって、再審開始決定の確定に9年もの年月を要している。このように、再審開始決定に対する検察官抗告により、えん罪被害者の救済が著しく遅延する状況が繰り返し生じているのである。
そもそも、不利益再審が禁止された現行の再審請求手続においては、再審の目的はえん罪被害者の救済以外あり得ず、検察官は「無辜の救済」のために裁判所の審理に協力する「公益の代表者」(検察庁法4条)の立場に過ぎないのであるから、そのような検察官に再審開始決定に対する不服申立権を認める必要はない。仮に、検察官が有罪であると主張するならば、それは再審開始決定が確定した後の再審公判において有罪立証を尽くせば済むことである。
したがって、えん罪被害者の迅速かつ確実な救済のためには、再審開始決定に対する検察官の不服申立てを禁止する必要がある。
3 再審請求手続における手続規定の整備
現行の再審法において、再審請求の審理手続を定めた規定は、刑事訴訟法445条、刑事訴訟規則286条しか存在しない。このように、証拠開示以外の局面でも、再審請求手続における審理の在り方については明文の規定が存在せず、裁判所の広範な裁量に委ねられている。その結果、三者協議や事実取調べを全く行わないなど、十分な手続保障がされているとは言えない事例も散見される。
また、「大崎事件」や「日野町事件」、「飯塚事件」においては、確定審に関与した裁判官や過去の再審請求審に関与した裁判官が、当該事件の新たな再審請求審に関与していたことも明らかになっている。これは、裁判所の判断の公正さ・適正さに疑念を抱かせるものである。
加えて、再審手続においては国選弁護制度がなく、資力がなく支援も得られない者は、弁護人を付けることができず、再審請求自体を断念せざるを得ない者の存在を否定できない。
再審請求手続における再審請求人の手続保障を図るとともに、裁判所の公正かつ適正な判断を担保するためには、進行協議期日設定の義務化、事実取調べ請求権の保障、請求人の手続立会権・意見陳述権・証人尋問における尋問権の保障及び手続の公開、通常審や過去の再審請求に関与した裁判官の除斥及び忌避、国選弁護制度の導入等を始めとする再審請求手続における手続規定を早急に整備する必要がある。
第3 結語
本年に入り、「日野町事件」、「袴田事件」と立て続けに再審開始決定に対する検察官の即時抗告を棄却する旨の決定が出された。これらは、全国的にも大きく報道され、再審やえん罪被害者に対する市民の関心は、これまでになく高まってきている。報道機関の論調を見ても、単なる個別事件の報道にとどまらず、コラムや社説、特集等において、えん罪被害者の救済が進まない現状や、その背景にある再審法の問題にまで切り込む報道が増えてきた。このように、再審法改正を求める世論の声は大きな高まりを見せている。
当会では、2023年(令和5年)3月15日に「「袴田事件」第2次再審請求差戻し後即時抗告審決定に関する会長声明」を発出し、その中で、国に対し、えん罪被害者の速やかな救済のために再審法の改正を行うよう求めているところであるが、ここに改めて、①再審請求手続における全面的な証拠開示の制度化、②再審開始決定に対する検察官による不服申立ての禁止、③再審請求手続における手続規定の整備を含む再審法の改正を速やかに行うことを強く求めるものである。
以上