東京電力福島第一、第二原子力発電所における原子力損害の範囲の判定等に関する中間指針追補(自主的避難等に係る損害について)に対する会長声明
1.原子力損害賠償紛争審査会(以下、「審査会」という。)は、本年12月6日、「中間指針追補(自主的避難等に係る損害について)」(以下、「指針追補」という。)を取りまとめ、本年8月5日に決定・公表された中間指針で引き続き検討することとされた自主的避難等に係る損害につき示すものと位置付けた。
指針追補が、自主的避難等対象区域と定めた区域において、「住民が放射線被曝への相当程度の恐怖や不安を抱いたことには相当の理由があり、また、その危険を回避するために自主的避難を行ったことについてもやむを得ない面がある」として、自主的避難の合理性を認め、損害賠償の対象と位置付けたこと、また、同区域に滞在し続けた者についても精神的苦痛及び生活費の増加費用が損害賠償の対象となることを認めたことは評価しうる。
また、自主的避難者と滞在者に共通に生じた損害について、一定の目安額を設定したことについても、「個別具体的な事情に応じて、これら以外の損害項目が賠償の対象となる場合や異なる賠償額が算定される場合が認められ得る」とされた限りにおいて、迅速な賠償を実現するための一手段として理解できないものではない。
2.他方、東京電力株式会社福島第一原子力発電所及び福島第二原子力発電所における事故(以下、「本件事故」という。)の被害者に対する十分な賠償という観点から見た場合、指針追補には、対象区域及び損害項目・損害額の算定について、看過し得ない問題点も存在する。
そもそも、指針追補は、自主的避難等対象区域の住民に対する損害賠償義務を認める根拠を「住民が放射線被曝への相当程度の恐怖や不安を抱いたこと」のみに求める。
しかし、本件事故後に福島県民が被った様々な被害は、放射線被ばくへの恐怖や不安のみにはとどまらない。たとえば、福島県民に対するいわれのない差別、福島県の産業ひいては「福島県」全体に対する著しい評価の低下、自主的避難をした者及び滞在し続ける者の双方に生じたそれまでの地域コミュニティーの破壊などは、放射線被ばくへの恐怖や不安にも匹敵する心の傷を福島県民にもたらしたものである。
また、放射線被ばくへの恐怖や不安についても、空間線量のみならず、食品や水、土壌の汚染などに由来する生活圏全体の汚染による被ばくの恐怖や不安があることを看過してはならない。
これらを考慮すれば、指針追補は、本件事故が福島県民全体に対し、放射線被ばくへの恐怖や不安に留まらない多大な精神的苦痛を及ぼしたことを評価していないのみならず、後述するように、「放射線被曝への恐怖や不安」に限っても、被害者の精神的苦痛を十分に捉えたものとは言いがたい。
3.対象区域の選定について
指針追補は、本件事故による恐怖や不安は、発電所からの距離、避難指示等対象区域との近接性、放射線量に関する情報、自主的避難者の多寡等の要素が複合的に関連して生じたと考えられることから、以上の要素を総合的に勘案して自主的避難等対象区域を選定したとする。しかし、指針追補は具体的な選定基準を示さないまま、県南地方、会津地方を対象区域より除外し、福島県民の分断、不公平感の高まりを生じさせることとなった。
文部科学省「中間指針追補に関するQ&A集」(以下、「Q&A」)によれば、概ね本件事故発生から本年4月22日頃までの時期が「本件事故発生当初の時期」と考えられているが、たとえば白河合同庁舎駐車場の同日における最大の環境放射能測定値は平常値の10倍以上にあたる0.69μSv/hであった。放射線の影響に関する十分な情報もないまま、避難指示等対象区域にも匹敵するこのような高い放射線量のもとに生活していた住民は、決して放射線被ばくに対する恐怖や不安と無縁の生活が保障されていたわけではない。
加えて、前述のような放射線被ばくへの恐怖や不安のみにとどまらない様々な被害は、広く福島県全域において生じているものである。
審査会は、今回自主的避難等対象区域とされた地域以外に関しても、少なくとも福島県内の各地域について、その実情に応じ、損害賠償の対象とすることを検討すべきである。
4.損害賠償の目安額の算定について
指針追補は、子ども及び妊婦について本年12月末までの損害額一人40万円を、その他の者について事故発生当初の時期の損害額一人8万円を損害賠償の目安額とした。
指針追補は目安額の根拠として、自主的避難者については生活費の増加額、避難による精神的苦痛及び移動費用を、滞在者については放射線被ばくによる精神的苦痛及び生活費の増加費用を挙げたうえで、自主的避難者と滞在者それぞれの合計を同額とすることが公平かつ合理的であるとする。
しかし、審査会では上記賠償項目にかかる損害額について、十分な調査・検討が行われておらず、損害額算定の根拠や自主的避難者と滞在者それぞれについて精神的損害と生活費増加等をどう算定したのかの内訳についても明確ではない。
結果、目安額は対象者に共通に生じた損害についての最低基準と解してもなお低額に過ぎるばかりか、かえって損害の完全賠償に対する妨げとなりかねない。
審査会は、自主的避難者において生じた生活費の増加額、避難による精神的苦痛及び移動費用並びに滞在者において生じた放射線被ばくによる精神的苦痛及び生活費の増加費用等を十分に調査し、更に、前述のような放射線被ばくへの恐怖や不安のみにとどまらない様々な被害の実態についても十分に調査したうえで、完全賠償を実現するための目安額を検討すべきである。
5.当会は、審査会に対し、上記のような問題についてすみやかにさらなる検討を行い、その検討結果に基づき指針追補の改訂作業を行うことを強く要望するとともに、少なくとも、子ども及び妊婦について2012年(平成24年)1月以降の損害に対する賠償の指針を早急に策定することを要望するものである。
また、本件事故を惹起した事業者である東京電力に対しては、指針追補が、指針追補に示された目安額以外にも「個別具体的な事情に応じて、これら以外の損害項目が賠償の対象となる場合や異なる賠償額が算定される場合が認められ得る」としていること、本年12月7日参議院決算委員会において、枝野経済産業大臣が、自主的避難者への賠償について、「具体的に生じている出費は当然に対象になる。東電にすみやかに支払うよう指示する」との見解を示したことを踏まえ、指針追補の示した目安額に固執するといった硬直的な姿勢をとることなく、被害の完全賠償のために被害者に誠実に対応することを強く求めるものである。
さらに、東京電力と被害者との和解仲介にあたる原子力損害賠償紛争解決センターに対しても、上記の趣旨を十分に汲んだ適切な和解仲介を要望する。
2011年(平成23年)12月28日
福島県弁護士会
会長 菅野 昭弘